大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行ケ)166号 判決

愛知県幡豆郡幡豆町大字西幡豆字郷中18番地

原告

有限会社アイ・ビー・イー

同代表者代表取締役

牧野進自

同訴訟代理人弁理士

宇佐見忠男

東京都足立区島根2丁目11番3-106号

被告

田口禎隆

同訴訟代理人弁護士

奥野滋

主文

特許庁が平成5年審判第12994号事件について平成8年6月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、指定商品を商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)に定める商品区分第30類「菓子、パン」とし、「πウォーター」の文字を書してなる登録第2175587号商標(昭和62年5月29日登録出願、平成元年10月31日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

被告は、平成5年6月21日、原告を被請求人として商標法50条1項の規定に基づく本件商標の登録取消審判を請求し、同年8月2日同請求の登録がされた。

特許庁は、同請求を平成5年審判第12994号事件として審理した結果、平成8年6月7日、「登録第2175587号商標の登録は、取り消す。」との審決をし、その謄本は、平成8年7月18日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  被請求人(原告)が提出した各書証に徴すると、本件商標の使用権者であるアイ・ビー・イー販売株式会社は、本件商標と社会通念上同一のものと認め得る「πウオーター」の文字よりなる商標を「海産珍味」等の文字を表したラベル(本訴における甲第2号証添付乙第1号証。以下「本件ラベル」という。以下、他の書証についても、本訴における書証番号で表示する。)中に表示し、該ラベルを添付した商品(甲第2号証添付乙第4号証。以下「本件商品」という。)を平成2年12月に使用権者の店頭に販売のため展示したことを一応認めることができる。

(2)  しかしながら、本件ラベル上の「海産珍味」とは、一般には「海中の産物を加工しためずらしい、味のよい食物」を意味する語と認められるものである。そして、本件ラベルが添付された本件商品は、甲第2号証添付乙第4号証に示されるとおり袋詰めした数種の加工食品をまとめて箱詰めした状態のものであるところ、そのうちの「魚姿焼」「短冊」「いかしそ」と表示された加工食品は明らかに加工水産物と認識し得るもので、本件ラベルの「海産珍味」との表示と符合するものであるとともに、「満月」「えび姿焼」と表示された加工食品も、それが単品で「菓子」として販売される場合はともかく、材料として海老が用いられていることを容易に把握、認識し得るもので、これを「加工水産物」の一種とみることが本件ラベルの「海産珍味」との表示と符合することから、また、前記「加工水産物」と認識し得る加工食品と詰め合わせて取引されることとの関係から、当該商品の取引者、需要者により「加工水産物」として認識され、かつ、取引されるものとみるのが相当である。

(3)  してみれば、被請求人(原告)提出の各書証をもってしては、被請求人が本件商標をその指定商品である「菓子、パン」について使用していることの事実を立証するものとはいえないばかりでなく、他にこれを認めるに足る資料の提出もない。

(4)  したがって、本件商標は、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において、商標権者によってその指定商品について使用していたものとは認められないものであるから、結局、本件商標の登録は、商標法50条1項の規定により取り消されるべきものである。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認めるが、同(2)ないし(4)は争う。

審決は、本件商品がその取引者、需要者により「菓子」として認識され取引されるものであるにもかかわらず、これを誤認したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(取消事由)

(1)〈1〉 本件商品に詰め合わされた「魚姿焼」、「短冊」、「いかしそ」は、常食のほかに食する嗜好品あるいは食事以外に食べる嗜好本位の食べ物であり、このような食品は、菓子と呼ばれるものである(甲第3号証添付乙第5号証、甲第4号証)。

「魚姿焼」は、魚に澱粉、調味料等をまぶしてプレスして焼く方法、「いかしそ」及び「短冊」は、いずれも原料を混ぜて練り、練った物を焼く方法によって製造され、この方法は、えびせんべいの製造方法と類似又は全く同一である。そして、上記点を考慮し、そのものの形状を見れば、「魚姿焼」等は、「せんべい」にほかならない。

〈2〉 被告主張の商標法施行規則3条別表第32類に記載された加工水産物は、ほとんどが副食物(おかず)ないし副食物を調理するために用いられる食品であり、したがって、第32類に属する加工水産物は一般通念的には水産物を加工した副食物ないし副食物を調理するために用いられる食品と解され、常食のほかに食する嗜好品とはいえない。そして、「魚姿焼」、「いかしそ」、「短冊」は、当然副食物ではないので、一般通念からみても「加工水産物」よりも「菓子」に類するものと判断するのが自然である。

被告は、「小麦粉または粳米(うるちまい)・糯米(もちごめ)の粉に砂糖を加えて種汁を作り、鉄製の焼型に入れて焼いたもの」(乙第1号証)とのせんべいの概念からはずれたものはせんべいではない旨主張するが、乙第1号証記載のせんべいの概念はせんべい本来の概念であって、これからはずれたものはせんべいにならないと解することはできない。商公昭45-56716号公報(甲第7号証の1)に係る商標「えびおどり」は、指定商品を「第30類 えび入りせんべい」としているが、その商標権存続期間更新登録願(甲第7号証の2)の登録商標の使用説明書の添付写真に示されるように、その使用商品は生えびを配合したものであり、乙第1号証のせんべいの概念からは外れるが、特許庁はこれをせんべいと認め、「第30類 菓子、パン」の区分に属するものとして更新登録査定(甲第7号証の3)をしている。

(2) 「満月」、「上小花」が「せんべい」の一種であることは明らかである。。

(3)〈1〉 「えび姿焼」も、本件写真からも判断されるように、その形状は不定形ではあるが、薄肉で明らかに「せんべい」と認められ、副食物として食されるものではないことは明らかであるから、「菓子」と判断するほうがはるかに自然な解釈である。

〈2〉 被告主張の「“生えび”を美味そのまま焼き上げた」とは、「“生えび”の美味をそのまま保って焼き上げた」の意味であり、その形状からみても、「えび姿焼」は、えびの姿をそのまま保って焼き上げたものでないことは明らかである。

(4)〈1〉 本件ラベルの「海産珍味」は、前記の本件商品に詰め合わされたものの中身からみても、海産物を原料とした菓子を表すものと考えるのが妥当である。

〈2〉 被告は、本件ラベルに「海産珍味」と表示されていることから、「満月」や他の「上小花」についても加工水産物と認識される度合いは極めて強い旨主張するが、一般の人が本件ラベルの「海産珍味」の表示を見て即これらを菓子でないと判断するかどうかは疑わしく、本件商品を買う人は、ラベルの表示よりも箱に詰められている食品の形状等から菓子か菓子でないかを判断すると考えるのが自然である。そして、本件写真からは、箱に詰められているものは、明らかに「せんべい」すなわち菓子であると判断するものである。

〈3〉 被告は、本件ラベル中の「軽く醤油をつけ火にあぶっていただきますと」の表示が菓子の食し方としては通常考えられない旨主張するが、生せんべい、生あられ等は軽く醤油を付け火にあぶって食する菓子であることは周知である。

(5) そして、本件商品は、「せんべい」と認められるものが詰め合わされたものである。

仮に、「魚姿焼」や「短冊」が「加工水産物」であったとしても、せんべいと認められるもの6袋、それ以外のもの2袋が詰め合わされている。

そうすると、本件商品においては、「せんべい」の比率が全部又は圧倒的に大きく、本件商品は、「加工水産物」の詰合せではなく、「菓子」の詰合せと認識し、取引されると考えるのが妥当である。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1及び2は認め、同3は争う。

2  反論

(1)  原告は、菓子は、常食のほかに食する嗜好品である旨主張するが、常食のほかに食する嗜好品がすべて菓子であるとは言えないことは明らかであって、原告引用の国語辞典の定義は、菓子としての必要条件を語ってはいるが、その十分条件を定めているとは言えない。

(2)〈1〉  第30類「菓子、パン」に定める商品については、商標法施行規則(平成3年通産省令第70号による改正前のもの)3条別表に対象となる商品が規定されているが、同類の中でも本件に関係するものは、菓子であり、しかもそのうち和菓子であるが、同別表には、和菓子として、次の商品が記載されている。

「せんべい、あられ、おこし、らくがん、かりんとう、あめ、氷砂糖、いり栗、いり豆、もなかの皮、もち菓子、蒸し菓子、羊かん、練り切り、ぎゅうひ、汁粉、ぜんざい、ゆであずき、蜜豆、水あめ、金玉、甘なっとう、もなか、砂糖づけ」

したがって、商標法の考える菓子とは、上記の商品ないしこれと同視し得るものと考えるべきであるが、一般社会の常識的判断としては、「魚姿焼」、「短冊」、「いかしそ」が右別表第30類に記載した商品と同じであるとか、これと類似するとは考え難いというべきである。

〈2〉  また、第32類「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食品(他の類に属するものを除く。)」に定める商品については、上記商標法施行規則3条別表に対象となる商品が規定されているが、これに属する商品として、次のものが加工食品中の「加工水産物」として挙げられている。

「す干し魚介類、塩干し魚介類、煮干し魚介類、かすづけ魚介類、くん製魚介類、塩辛魚介類、水産物のかんづめ、水産物のびんづめ、水産物のつくだに、かまぼこ、焼きちくわ、フィッシュソーセージ、かつお節、削り節、とろろこんぶ、干しのり、焼きのり、干しわかめ、干しひじき、寒天」

そして、あられは、せんべい同様米菓であって、第30類の商品に属しているが、いかを主材とするあられ状のあげものは、第32類に属するとして登録されている(乙第2号証の1、2)。ポテトチップは、スナック菓子であって、第30類の商品に含まれるが、いかをチップ状にして成る加工食品は第32類に属するとして登録されている(乙第2号証の3)。上記以外に、各種の魚介類を主材料とする海産珍味加工品が、第30類ではなく、第32類に属する商品であると認定されている(乙第2号証の4ないし16)。

「魚姿焼」、「短冊」は、魚介類そのもの(す干し又はこれに類似するものと思われる。)であるし、「いかしそ」も、いかそのものを材料としていると思われるのであり、これらは、加工水産物そのものであるか、少なくともこれに極めて類似したものである。

〈3〉  原告は、第32類に属する加工水産物は、ほとんどが副食物(おかず)ないし副食物を調理するために用いられる食品であり、したがって、第32類に属する加工水産物は一般通念的には水産物を加工した副食物ないし副食物を調理するために用いられる食品と解される旨主張するが、例えば、海産珍味などと表示され、主に酒の肴として食されている「さきいか」、「のしいか」、「いかくんせい」、「ほたて貝柱」、「ほたて貝ひも」、「干鱈」、「たこくんせい」などは、明らかに加工水産物であるが、副食物でもないのであるから、原告の上記立論は理論的に成り立たない。

〈4〉  原告は、「魚姿焼」等の製造方法は「せんべい」の製造方法と類似又は全く同一である旨主張する。しかしながら、「魚姿焼」は、魚そのものが原料であって、しかも魚の形態を維持しているものであり、せんべいの概念である「小麦粉または粳米(うるちまい)・糯米(もちごめ)の粉に砂糖を加えて種汁を作り、鉄製の焼型に入れて焼いたもの」(乙第1号証)との共通性ないし類似性は全くない。「いかしそ」、「短冊」について言えば、「魚姿焼」と比べて、その素材の形態を完全に維持しているとは言えないという面があるが、上記「せんべい」の概念と比較して、原料及びその製造方法について異なる点が多く、これをせんべいと解するのは相当ではない。

(3)  「えび姿焼」は、材料としてえびが用いられていることは容易に把握、認識できるものである。

また、本件ラベル中には、「“生えび”を美味そのまま焼き上げた」との表示、すなわち、「生えびをそのまま焼き上げた」との表示もある。

したがって、「えび姿焼」単体として考えても、これを加工水産物ないしこれに類似するものと判断するほうが、菓子と判断するよりはるかに自然な解釈である。

(4)〈1〉  本件ラベルには、「海産珍味」と表示されており、その表示と相まって、「えび姿焼」だけでなく、えびせんべいの「満月」や他の「上小花」についても、加工水産物と認識される度合いは極めて強いものである。

〈2〉  さらに、本件ラベルには、「軽く醤油をつけて火にあぶっていただきますと」という食し方が記載されているが、この表示は、菓子の食し方としては通常考えられないものであり、この表示もまた、本件商品が加工水産物であることをわざわざ示唆しているというべきである。

(5)  以上によれば、本件商品は、取引者や需要者により、「加工水産物」として認識され、取引されるものであり、少なくとも、取引者や需要者が本件商品を菓子と認識することはあり得ないというべきである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであり、書証の成立(写しについては、原本の存在も)は、甲第8号証を除き、いずれも当事者間に争いがなく、検甲第1号証が原告主張のとおりのものであることも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  審決の理由の要点(1)(使用権者による本件商品の販売のための展示)は、当事者間に争いがない。

(2)  弁論の全趣旨により平成2年12月当時の本件商品の写真であると認められる甲第2号証添付乙第4号証によれば、本件商品は、紙箱の中に透明な袋に詰められた製品9つが「井」の字形に詰め合わされたものであること、紙箱は、上側ほぼ全面が透明なフィルムで覆ってある構造のため、その中身を外から見ることができるが、外観上、9つの製品が占める割合はほぼ同じであること、本件ラベルは、ほぼ上記製品の1つ分の大きさであること、9つの製品のうち、下列真中のものは、本件ラベルがその真上に置かれているためどのような製品か分かりにくいが、その余の8つの製品は、「満月」2つ、「上小花」2つ、「えび姿焼」1つ、「魚姿焼」1つ、「いかしそ」1つ、「短冊」1つであることが認められる。

(3)  検甲第1号証(弁論の全趣旨によれば、検甲第1号証の中の各製品と甲第2号証添付乙第4号証中の各製品との間に、製造方法、包装法の変更等はないものと認められる。)及び甲第2号証添付乙第4号証によれば、上記8の製品のうち、「満月」2つ、「上小花」2つは、単独で見た場合、取引者、需要者に「せんべい」として認識され、取引されるものであると認められる。

(4)  甲第6号証によれば、「いかしそ」は、生いか、馬鈴薯澱粉、食塩等を混ぜて練り、練った物をプレスして焼き、味付け、乾燥するとの工程で作られ、「短冊」も、生えび、馬鈴薯澱粉、食塩等を混ぜて練り、練った物をプレスして焼き、味付け、乾燥するとの工程で作られるものであり、単に馬鈴薯澱粉をまぶすものではないことが認められ、検甲第1号証及び甲第2号証添付乙第4号証によれば、「いかしそ」及び「短冊」は、外観上も馬鈴薯澱粉が占める割合が高く、いかや生えびの占める割合は低いことが認められるから、「いかしそ」及び「短冊」は、取引者、需要者によってせんべいと認識されるものと認められる。

被告は、商標法の考える菓子とは、商標法施行規則(平成3年通産省令第70号による改正前のもの)3条別表30類に和菓子として掲げられた「せんべい、あられ、おこし」等と同一ないしこれと同視し得るものと考えるべきであるが、一般社会の常識的判断として「短冊」、「いかしそ」が上記「せんべい」等と同じかこれと類似するとは考え難いなどと主張するが、上記に説示したところに照らし、採用できない。

(5)  前記のとおり、本件商品は、紙箱の中に透明な袋に詰められた製品9つが「井」の字形に詰め合わされたものであるが、本件ラベルで覆われた形になる1つを除き、8つの製品は外から見ることができるものであるところ、上記8つの製品のうち、魚姿焼とえび姿焼が加工水産物であるとしても、他の6つの製品は取引者、需要者によってせんべいと認識され、取引されると認められるものであるから、本件商品は、全体として、取引者、需要者によって菓子と認識され、取引されるものと認められる。

(6)  被告は、本件ラベル中の「海産珍味」との表示や「軽く醤油をつけて火にあぶっていただきますと」との記載は、本件商品が加工水産物であると認識される度合いを強めるものである旨主張する。

確かに、弁論の全趣旨により原告主張のとおりの写真であると認められる甲第2号証添付乙第1号証たよれば、本件ラベルには、えびの絵が大きく描かれ、「海産珍味」と大きな字で書かれ、説明文中には、「“生えび”を美味そのまま焼き上げ」、「軽く醤油をつけ火にあぶっていただきますと、ビールの口取り等に最適でございます。」と記載されていることが認められ、「海産珍味」との表示や「軽く醤油をつけて火にあぶっていただきますと」との記載は、それ単独で見た場合には、取引者、需要者に当該商品が加工水産物であると思わせる面があると認められる。

しかしながら、前記認定のとおり、本件商品に詰められた9つの製品は、本件ラベルで覆われた形になる1つを除き、外から見ることができ、上記8つの製品のうち魚姿焼とえび姿焼が加工水産物であるとしても、6つの製品は取引者、需要者によってせんべいと認識され、取引されると認められるものであるから、本件商品に詰められた製品の1つ分の大きさを有するにすぎない本件ラベルに上記の表示、記載があるとしても、本件商品が加工水産物として認識され、取引されることになると認めることはできないから、この点の被告の主張は採用できない。

(7)  結論

以上によれば、本件商標が「菓子、パン」について使用されたとは認められないとの審決の認定は誤りであり、その誤りが審決の結論に影響することは明らかであるから、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がある。

3  よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例